【旅行】西成散策

    大阪西成の釜ヶ崎のあいりん地区を歩きました。

    街歩きが趣味で大阪の街をよく歩きます。西成には年に1度くらいは歩きに行っています。
    西成区は交通の便も良いところでその多くが住宅街です。ただ一部にディープなエリアが存在します。大阪にはいろいろな側面を持った街があるけれど、ここはある意味どこにもない街の匂いと光を発しています。日雇い労働者がその日の仕事を求めて多く集まりそしてこの街に暮らしている。元々はこの街の住民ではなかったはずで、どこからかやってきて住み着くようになったのだろう。そういう成り立ちにもかかわらずどこか余所者を寄せつかない空気感を感じますし、庶民的という表現とは少し違う雰囲気もありこれはこの街特有のもののような感じがします。

    iPhoneのカメラを普通に向けられる場所もあれば、カメラを決して向けてはいけないと感じてポケットの中で握りしめるような一角も存在します。それは微妙な空気感とも言うべきもので感じる人と感じない人がいるかもしれません。

    街は独特の雰囲気があります。それを活気とは言い難いけれどそれなりの人通りもあります。普通の暮らしをしている方も多くいらっしゃいます。そして各地からいろいろな背景を背負ってやってきてこの街にひっそりと暮らしている人も多いためモザイクのようないろいろな色彩を放っているようにも感じました。ただそれは溶け込んでいるようでもあり決して混じり合う感じでもなく灰色のモザイクのようです。この街の風景もそこを行き交う人たちも街を織りなすひとつひとつのパーツのようできちんとはまっているような感じがしました。


    IMG_8415.jpg



    街が持つ危険な空気感を初めて感じたのはニューヨークに行った時でした。地下鉄の駅から地上に上がって歩き出した時、それはひどくすさんだ風景と空気感とが重なっていて、ここは旅行者が歩いては行けない場所なんだと感じたことを覚えています。ひどく緊張して全身に力が入り、急ぎ足で歩いて何事もなく通り過ぎれた時にどっと疲れてしまいました。


    さすがにニューヨークで感じたような危険な空気感をこの街では感じませんでした。ただどこにでもある普通の街とはちょっと違う独特の空気感を感じたのは確かです。ただ嫌いじゃない。年に1度は歩いている街ですがまた来年歩こうと思っています。



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    shoji(しょじ)
    Posted byshoji(しょじ)

    Comments 4

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    shoji

    To mkさん

    mkさん
    いつもありがとうございます。
    街の歴史をありがとうございます。全く知らないことばかりで、なるほどなぁそうだったのかと。

    中華系カラオケスナックはアーケードのあちこちで見かけて一大勢力というか、そろそろチャイナタウンになりつつありますね。さいたまの川口よりは中華色が濃いんじゃないかと思いました。
    新世界はこの散策のあと天王寺に向かう途中に立ち寄りましたが、若い男女で溢れていました。欧米人バックパッカーも幾人も見かけましたが、この季節でも半袖で、彼らの体温どうなってんのかといつもながら驚きました。

    2022/11/21 (Mon) 16:36

    shoji

    To とんびさん

    とんびさん
    いつもありがとうございます。
    記事拝見しました。そういえば以前読んだ記憶があります。わたしはこの町では飲食しませんでしたが、たくさんの飲食店がありました。いずれも安そうでした。
    街歩きをしていて怖いと言う感じはなかったですが、不用意なことしたらあかんなと思いながら緊張感持って歩きました。

    2022/11/21 (Mon) 16:25

    mk

    隣接する新世界は、昭和30年(1965年)頃まで大阪一の繁華街だったそうですよ。
    その後は交通の便が良いキタ(梅田)やミナミ(難波など)へと人が流れ、新世界は
    時が止まった街となりました。
    私が自力で友人たちと初めて行った高校生・大学生の頃は、過去の大阪の情景のよう
    で、若い男でも極少なく、若い女の子なんて一人も歩かない街でした。

    あいりん地区は、かつてのドヤ街。1970年の大阪万博開催に向けて高速道路や各種イ
    ンフラを整備するため突貫工事が連日連夜続き、好景気の下全国から土木関係の労働
    者が集い、いわゆる木賃宿街が拡大・形成されたものと認識しています。
    しかしながら、石油危機以降の不景気、特に、東京一極集中の影響もあり、土木関係
    の労働力の需要と供給のバランスが悪くなり、あぶれた労働者が次第にホームレス化
    し、全国最大のドヤ街は、やがてスラムとも呼ばれるようになったかと。

    ところが、10~15年ほど前から、変化してきています。
    新世界は串カツ屋などを名物に観光地化が急速に進み、今や若い女の子が押し寄せ、イ
    ンバウンド客も普通にいます。
    隣接する、あいりん地区は、生活保護の街となっています。
    20~30年前とは異なり、この10年、15年前ぐらいから、おそらく土木関係の労働者の高
    齢化が急速に進んだんでしょうか、「生活保護申請できます」「生活保護ならお任せく
    ださい」という張り紙がいたるところにあるのが気になりました。
    もちろん、これは怪しげな仲介業者の存在(ここでも紹介業が暗躍しています)がある
    からですが、次回にこの地区を散策されたならば、別の視点をもつとまた変わって見え
    るものですよ。

    それと、最近はこの地域は中華系の人々が不動産を買いあさっています。居酒屋・スナ
    ックなどは日本人経営の方が少数派という報告もあります。
    ご参考まで。

    shojiさんが提示された画像はかなりインパクトがありますよね。(^^♪
    この場所の前も通ってますが、別の場所にも似たような看板もあります。

    2022/11/21 (Mon) 16:08

    とんび

    3年前に行きました。その前は40年ほど前に行ってますが、大きく変わりました。
    他の大阪と違うと思いますが、40年前は怖いという点で突出してましたが、3年前は古い大阪が残っているという点で違うと思いました。そのあたりが大きく変わったと思いました。

    今度は新今宮周辺に多い昔はドヤと呼ばれ、近年は安ホテルになっている宿に泊まり、街歩きしてみたいです。
    ↓3年前の記録です。
    http://tombi00.sblo.jp/archives/20191115-1.html

    2022/11/21 (Mon) 15:32